理事長が管理費を横領した場合に管理会社にも損害賠償請求できますか

理事長が管理費を横領した場合、管理組合は、理事長に対して損害賠償請求できます。

また、管理組合は、管理会社に対しても損害賠償請求できることもあります。

もっとも、管理会社の責任は制限されることもあります。

管理会社の損害賠償責任

管理会社と管理組合は委任(準委任)の関係にあるため、管理会社は、管理組合に対して善管注意義務を負っています(民法644条)。

マンション標準管理委託契約書でも、管理会社は、善良なる管理者の注意をもって管理事務を行うものとするとされています(5条)。

これは、管理委託契約が準委任契約(民法656条)の性格を有することを踏まえ、善管注意義務(民法644条)を契約書上も明文化したものであるとされています(マンション標準管理委託契約書5条関係コメント)。

善管注意義務とは、受任者が、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理しなければならない義務です。

善管注意義務の内容や程度は、個々の取引関係における個別の事情と無関係に決まるのではなく、契約の性質・契約の目的・契約に至る経緯などの事情や取引に関する社会通念をも考慮して定まると考えられています。

そして、管理会社が善管注意義務に違反した場合、管理組合は管理会社に対して損害賠償請求ができます(民法415条1項)。

理事長が横領した場合、管理会社に対しても損害賠償できるかどうかは、理事長による横領を許したことが、管理会社の善管注意義務となるかどうかにより判断されます。

具体的な善管注意義務の内容は、管理会社の立場やどのような役割をしていたかによって異なます。

実際に問題となった裁判例を紹介します。

  • 元理事長が管理費などを横領したことにより管理組合法人が損害を被ったことにつき、管理会社に善管注意義務違反を認めた裁判例(東京地裁平成17年 9月15日)
  • 管理会社が、ケーブルテレビ利用契約の新規加入金分として、組合員とケーブルテレビとの間のケーブルテレビ利用契約書を確認せず、管理組合名義の普通預金口座から出金し、組合員名義の預金口座に振込みをしたことにつき、管理会社に善管注意義務違反を認めなかった裁判例(東京地裁平成26年9月5日)

裁判例については、事案や判断理由の重要な部分を長めに引用しているため、必要に応じて参照してください。

▶東京地裁平成17年9月15日

Aの横領行為は、原告の代表者であるAが、原告名義の預金を払い戻して横領したもので、管理規約では支出は会計担当理事の職務とされていても、Aには、対外的には原告代表者として預金を払い戻す権限があり、代表権を濫用した事案である。
従って、基本的には、原告は、自ら代表権を濫用するような者を代表者を選任した責任を負わねばならず、原告が受けた損害は、Aから賠償を受けることによって回復するほかないのが原則である。

…被告は、本件管理契約によって、管理費、修繕積立金、専用使用料等の収納代行業務と委託業務等に要する費用の支払い代行業務を原告から受託しているが、管理費、修繕積立金等の保管、運用業務は受託しておらず、かかる保管、運用業務は、管理規約により原告の会計担当理事の職務とされている。
従って、被告は、本件管理契約あるいは管理規約に基づいて、原告名義の預金通帳を保管する義務を負うことはない。

…しかし、被告も、本件管理契約に基づき善管注意義務を負っていることは明白である。
…工事代金の支払方法として変則的な金銭の移動がなされたことや、大規模修繕の代金がいつ支払時期を迎えるかについては、相当以前から約定で決まっているはずであるのに突然まとまった資金が必要となったとAが不自然な弁解をしていること、Aが被告に連絡すればさして時間を要さずに預金通帳がAの下に届いたはずで急な支払であっても間に合わないことは考えにくいのに、全く被告に連絡せずに無断で虚偽の紛失届を提出して預金通帳の再発行を受けたこと、そのうえ被告が所持する預金通帳が使えなくなってAに問い合わせるまでAは何ら被告に再発行の事実を連絡していないこと、平成14年12月の2度目の再発行の際も被告はAが十分な説明をしていないのに単に預金通帳を再度預かるだけで済ませていること、原告と被告間で預金通帳と届出印を別々の者が保管する扱いとしたのは、理事長または管理業者の一方の意思のみで自由に原告の預金を払い戻して費消することを防止する趣旨であること、被告もこの趣旨であることは当然理解していたことに照らすと、被告は、平成14年4月初めにAが預金通帳の紛失届を提出して再発行を受けたことを知った時点以降は、Aが疑念を抱かせる行動をとったのであるから、善管注意義務に基づき、被告自身が保管する預金通帳が再発行されないよう配慮する義務が生じており、第2口座だけでなく被告が預金通帳を保管する第1口座についても、定期的に残高を確認し、紛失届が提出されていないか確認すべき義務を負っていたと認めるのが相当である。
また、被告がAによる横領行為を知った後も、Aの依頼を受けて1か月以上原告の理事にAの横領行為を報告しなかったことも、明らかに善管注意義務違反を構成する。
そうすると、被告が定期的に残高を確認し紛失届が提出されていないことを確認していれば、…平成14年4月30日に第1口座から300万円の払戻がなされた後まもなくAの横領行為が発覚したはずであり、少なくとも…平成14年5月30日以降の第1口座からの預金払戻は、善管注意義務に基づき定期的に残高を確認することにより防止できたことになり、…第2口座からの預金払戻についても、当然防止できたことになる。

▶東京地裁平成26年9月5日

1 本件の争点は、上記のとおり、原告[管理会社]が、本件ケーブルテレビ利用契約の新規加入金分として、被告[管理組合]名義の普通預金口座から出金し、C名義又はD名義の普通預金口座に本件各振込(合計400万円)を行ったことが、本件契約上の善管注意義務違反といえるか否かであるところ、原告の担当者が、Cとcケーブルテレビとの間の本件ケーブルテレビ利用契約書を確認していないことは争いがなく、…このような確認等をせずに本件各振込をしたことの適否が問題となる…。

2 …本件契約5条は、原告は、善良なる管理者の注意をもって管理事務を行うものとする旨定めているところ、これは、民法644条…と同趣旨の定めである。
この「善良な管理者の注意」とは、受任者の職業・地位において一般に要求される水準の注意をいうとされ、定型的な事務の処理を目的とする場合は、特別な事情がない限り、その種の事務を処理するために一般的に期待されている知識・能力を備えていることが契約上想定されており、専門家が受任する場合には、専門家として通常期待される知識・技能を基準とした注意義務が想定されると解されている。

3 そのような観点から本件契約書…を見ると、…そこで規定されている具体的な事務は、被告の「収支予算にて承認された範囲内で、」被告の「収納口座から支払う。又は、」被告の「承認を得て、被告の保管口座から支払う。」ということであり、原告に対し、不動産管理会社という専門業者として期待されている知識・能力とは、被告の承認のない支出をしないこと、誤算、誤支払等のミスがないこと等であり、当該支払が経営に与える影響、不正なものでないか等の調査、分析等の知識・能力を期待されていると認めることはできない(これらを期待される専門家とは、公認会計士や監査法人等であると解される。)。
したがって、原告としては、被告の承認に反する支出や誤った支出であることが疑われる場合には、適宜、調査等を行うべきであるが、そうでない場合にまで、常に、調査等を行う義務はないと解されるから、本件において、このような疑いがあったと認められるかが問題となる。

4 そこで検討するに、まず、上記のとおり、本件各振込は、被告の平成19年3月15日の通常総会の可決承認、同年9月14日の理事会の承認を経たものであり、少なくとも被告の承認を経ない支出ではないことは明らかである。

…5 また、従前の契約では、被告が契約者となっていたのに、本件ケーブルテレビ利用契約について、管理組合である被告が契約者とならず、個人であるCが契約者となっていること、総会で承認された新規加入金は414万円であったのに、第1回振込の際、100万円の請求しかなかったこと、第4回振込は、114万円になるべきところ、100万円の請求しかなかったこと等、被告が主張する点も、上記のとおり、414万円をCに支払うべきことが総会及び理事会で決まっている以上、原告が調査、確認すべきであったとまで認める事情とはならない。
100万円請求されたのに対し、それよりも高額となる400万円ではないのかとか、114万円ではないのかと確認すべきであるとは解されない。
第3回振込をD名義の普通預金口座にしたことは、問題とはなり得るが、DはCの子であり、当時、被告の副理事長であったこと、D名義の請求書…とC名義の請求書…とは同じ用紙であり、署名の筆跡も印影も似通っており、両名間で意思の疎通があり、実質的にCへの支払と同視できると考え、特段の疑念を抱かなかったとしても不合理とはいえない。

6 被告は、さらに、平成20年9月21日の理事会で、Cと被告との間のテレビ受信に関する契約書案を原告が作成することが決まったにもかかわらず、原告が本件ケーブルテレビ利用契約書を確認しなかったことを問題とするが、既に第1回振込及び第2回振込(合計200万円)が終わった時点で、このような契約書を作成する必要性が明らかでなく、当時、問題となっていた管理費滞納、分電盤使用料の関係と一括して対処しようとした感は否めないのであって、仮に同契約書を作成する必要性があったとしても、単にCを経由してcケーブルテレビに支払うという内容になることが想定され、本件ケーブルテレビ利用契約書を確認することが不可欠であるとまでは認められない。

…8 以上のとおり、被告の各主張を検討しても、また、本件各証拠を精査しても、原告が本件各振込を行ったことが、本件契約上の善管注意義務違反となると認めるに足りない…。

過失相殺

管理会社に対して損害賠償請求できるとしても、過失相殺により、すべての損害について請求できないこともあります。

過失相殺とは、債務不履行や損害の発生・拡大に関する債権者に過失を考慮して、裁判所が損害賠償の責任やその額を定めることをいいます(民法418条1項)。

上で紹介した裁判例でも、管理組合の過失を考慮して、管理会社の責任が6割軽減されました。

▶東京地裁平成17年9月15日

…管理規約の定めと異なり、管理費等の保管、支出を業務としている原告の会計担当理事がほとんど任務を遂行しておらず、理事長が管理費等を保管し支出するという取扱になっていたこと及び監事による監査が全くなされていなかったことが、Aの長期間、多数回、多額にわたる横領行為を防止できず原告の損害の拡大を招いた大きな要因であることは明白である。

従って、民法418条に基づき、損害の公平な分担という観点からかかる原告側の過失を斟酌し、被告は、…損害額のうち、その4割を負担し、原告がその6割を負担するのが相当である。