
区分所有者は、カラオケ・歌声による騒音を発生させている区分所有者らに対して損害賠償や差止めを請求できます。
また、騒音が共同の利益(区分所有法6条1項)に反する場合、管理組合は、区分所有法57条に基づく差止請求などもできます。
以下、損害賠償や差止めをするための要件を説明し、具体的に問題となった裁判例を紹介します。
騒音の問題については、各住民が相互に他の住民の生活環境に配慮し、生活音をできる限り防止・軽減するように努めることが重要であり、そのような努力が紛争の予防・解決につながると考えられます。
損害賠償
区分所有者は、歌声による騒音を発生させている区分所有者らに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求できます(民法709条)。
この点、不法行為に基づく損害賠償を請求するには、以下の要件が必要です。
- 騒音が発生していること
- 騒音の原因が加害者によるものであること
- 騒音の程度が一般社会生活上受忍すべき程度を超えていること
受忍すべき程度を超えているかどうかは、①侵害行為の態様と侵害の程度、②被侵害利益の性質と内容、③地域環境、④侵害行為の開始とその後の継続の経過・状況、⑤その間に採られた被害の防止に関する措置の有無・内容、効果等の諸般の事情を総合的に考慮して判断します。
差止め
歌声による騒音を発生させている区分所有者らに対して不法行為に基づく損害賠償を請求をするだけでは、現に発生している騒音を防止することはできず不十分であることもあります。
そこで、マンションの所有権や人格権に基づく妨害排除請求権・妨害予防請求権により騒音の差止めを請求することもできます。
差止請求の内容には、騒音を発生させる時間を制限したり、防音措置を講じさせるなどの方法もあります。
もっとも、騒音の差止めは、損害賠償より認められるハードルが高いと考えられます。
裁判例
カラオケ・歌声による騒音が具体的に問題となった裁判例を紹介します。
- 人格権に基づきカラオケ装置の禁止の仮処分を認めた裁判例(横浜地裁昭和56年2月18日)
- 区分所有者の共同の利益に反することを理由に夜間の一定時間帯のカラオケスタジオの使用禁止を認めた裁判例(東京地裁平成4年1月30日)
- マンションの下階に居住するロックミュージシャンに対する慰謝料請求を認め、一定の音量を超える歌声の差止請求を認めなかった裁判例(東京地裁平成26年3月25日)
▶横浜地裁昭和56年2月18日
債権者らの本件カラオケ装置の使用差止めの被保全権利の有無について判断するに、騒音による生活妨害は、肉体的、精神的自由の侵害であるから、人格権の侵害として捉えることができ、その程度が社会生活上受忍するのが相当であると認められる限度を超える場合には違法な侵害として、人格権に基づく妨害排除及び妨害予防請求権による差止めの対象となるものと解すべきであるから、本件カラオケ騒音が右の受忍限度を超えているかどうかについて検討する。
ところで、受忍限度の範囲を決定する一つの基準として行政取締法規の規定がまず考えられるが、神奈川県公害防止条例は工場等において発生する騒音の許容限度として、第一種及び第二種住居専用地域における午後11時から午前6時までの間については40ホーン、同地域における午前六時から午前8時まで及び午後6時から午後11時までの間については45ホーンと各定めている。
しかしながら、右条例の規定は騒音の測定地点を工場等の敷地境界線上の地点とするものであり、騒音の発生源である本件店舗と被害住居とが同一建物の階下と階上にある本件の位置関係からみてその規制基準をそのまま本件の基準とするのは適当でない上、右条例は本件のようなカラオケ騒音を直接規制の対象としたものではなく、従って深夜のカラオケ騒音が安眠に及ぼす被害の特殊性が全く考慮されていないものであるから、…本件騒音の測定結果が平均35ホーンであって右条例の規制基準内にあるからといって直ちに受忍限度の範囲内であると判断することは到底できない。
かえって、本件騒音の音量が午後11時前後の本件建物2階の206号室内において平均35ホーンあるという事実、…本件建物に居住する債権者…らが全員本件カラオケ騒音により睡眠不足に陥入り精神的、肉体的疲労が蓄積して身体の変調まで来していること、本件騒音に堪え切れず…は他に転居するまでに至ったこと、債権者らは安眠を求めて再三再四債務者に深夜における本件カラオケ装置の使用の停止を懇請し続けていることの諸事実、安眠が人間にとって不可欠な根源的利益と言えること、…本件地域が第二種住居専用地域に指定されている住宅地であること、債権者らは債務者の本件営業開始以前から本件建物に居住を始めているものであること、債務者の営業は被害住民の特段の受忍を強いるような公共性を有するものではないこと等の諸事情に照らせば、債務者に本件カラオケ装置を使用できないことによる営業上の損害が生ずるとしても、深夜の債務者のカラオケ装置使用による騒音は本件建物に居住する債権者らの受忍すべき限度を超えているものと認めざるをえないところである。
そして、右の受忍限度を超えるものと認められる時間帯は、一般家庭における就寝時間及び本件建物所在地の地域性、カラオケ騒音が人間の睡眠に及ぼす影響の程度、態様、その他…諸事実に照らして少くとも午後10時から翌朝8時までの間と認めるのが相当である。
…而して、債権者らの安眠の利益を確保するためには、債務者が本件店舗に充分な防音設備を施さない限り、本件カラオケ装置の使用を前記時間帯においては禁止する以外に有効適切な方法が存しないから、債権者…を除くその余の債権者らは人格権に基づき債務者の本件カラオケ装置の使用の差止めを求める被保全権利を有することが認められる。
…次いで、債権者らの本件仮処分の必要性について判断するに、債権者…を除くその余の債権者らが前記のとおりの睡眠不足による多大な精神的、肉体的負担を被っていること、この状態が続けば右債権者らは転居を余儀なくされる状況に立ち至っていること、その他債権者らと債務者間の折衝の経緯等諸般の事情を総合考慮すれば、右債権者らには本件仮処分を求める緊急の必要性があると謂うべきである。
▶東京地裁平成4年1月30日
…本件マンションは、甲州街道に面していてもともと閑静な住居とまではいえないものの、住居地域に位置する主として居住用の建物であり、実際に債権者ほか多数の者が居住しているのであって、本件スタジオのように、住居とは異質な娯楽施設で公共性が乏しく、不特定多数の者が出入り可能な店舗の営業か本件マンションの一階部分で深夜にわたって行われることは、本件マンションの住人らの享受してきた従前の居住環境の変化、風紀及び治安状態の悪化をもたらし、睡眠・休息を妨げて平穏な生活を阻害するものであり、これが無限定に行われるときは区分所有者の共同の利益に反する行為となり、かつ、受忍限定を超えるものというべきである。
…原決定は、曜日等を問わず一律に深夜午前0時から午前4時までの間の営業を禁止したものである。
しかし、右時間帯の営業は、債務者にとって売上の大きな部分を占める重要なものであり、特に休日の前日から翌日にかけての時間は来店客が多く、これらの日についても他の日と全く同様に営業を午前0時以降禁止することは、債務者に与える打撃がきわめて大きく酷である。
また、本件においては、住人らの平穏な生活を阻害しているのは本件スタジオからのいわゆるカラオケ騒音ではない上、債務者は、睡眠・休息の妨害となるような自動車の駐発車音の防止のため来店客の駐車場の位置を変更をするなど、住人らの平穏な生活を維持するための改善措置を一部実施し、更に最大限の努力を誓約し、原決定を遵守している。
これらのことからすれば、休日の営業に限って原決定の禁止時間を1時間短縮すること、すなわち、休日の前日から継続している本件スタジオの営業使用を他の日より1時間延長することとしても、住人らに受忍限度を超える被害を与えるものとはいえないと考えられ、右の限度で原決定を変更するのが相当である。
なお、債務者のいう倒産の危機が右程度の変更によっては解消できないとしても、それは債務者あるいは佐伯の地域状況や本件マンションの利用状況等についての事前の認識・検討・配慮の不十分さ、あるいは債権者のほかの住人らに対する説明の不十分さ等に基因するものであり、これによる損失を債権者ほかの住人らに転嫁することはできないというべきである。
▶東京地裁平成26年3月25日
環境条例136条は、何人も…規制基準を超える騒音、振動を発生させてはならないと定めている。
この基準の適用については、その騒音等の測定場所が、音源の存する敷地と隣地との境界線とされているため、本件のように音源と測定場所が上下関係にある場合にはこの基準によることは直接想定されていないということができるが、環境条例が、現在及び将来の都民の健康で安全かつ快適な生活を営む上で必要な環境を確保することを目的として定められている(1条)ものであることに照らせば、上記規制基準は、本件のような場合にも騒音等が受忍限度を超えるかどうかの判断につき、一つの参考数値として考慮するのが相当である。
そして、…8△△号室に伝播する被告…の歌声の騒音レベルは、最大41デシベル程度であったものと認められ、これは、環境条例の規制基準(商業地域)において、午前6時から午前8時までは55デシベル、午前8時から午後8時までは60デシベル、午後8時から午後11時までは55デシベル、午後11時から翌日午前6時までは50デシベルと定めているところを超えるものではない。
また、本件検証の結果によれば、被告…の歌声は、少なくとも深夜(午後11時から翌日午前6時まで)以外の時間帯においては、通常人において特段不快に感じるようなものであるとは認められない。
…もっとも、深夜における騒音については、本件マンションが商業地域内にあることはあまり重視すべきではないと考えられるところ、被告…の歌声は、生活音とは明らかに異質な音であり、その音量が最大41デシベルにとどまるとしても、入眠が妨げられるなどの生活上の支障を生じさせるものであるといえる。
また、環境条例における深夜の規制基準は50デシベルであるが、建物の防音効果を考慮すると、建物内においてはより厳格な数値が求められているものである。
これらの点を考慮すると、最大41デシベルに及ぶ深夜における被告…の歌声は、受忍限度を超えるものであるというべきである。
…以上によれば、被告…は、…7××号室に入居して以降、年に数回程度、深夜に歌を歌い、8△△号室に受忍限度を超える騒音を伝播させたものであると認められ(以下「本件不法行為」という。)、その限りで不法行為責任を負うべきものである。
…被告…の本件不法行為が、…に説示した限度において認められるものであり、また、8△△号室の賃借人が、7××号室からの騒音被害についての苦情を述べていないことにも照らせば、被告…の行為により、今後、8△△号室についての原告…の所有権が侵害される具体的なおそれを認めることはできないから、原告…の被告…に対する所有権に基づく騒音差止請求は理由がない。