管理組合は、管理会社に対し、滞納管理費の督促業務を委託していることがあります。
管理会社が委託された督促業務を怠り、管理費の回収ができなかった場合、管理組合は、管理会社に対し、債務不履行に基づく損害賠償(民法415条1項)を請求できます。
もっとも、マンション標準管理委託契約書においては、管理会社の業務は以下のように規定されています(3条1号・別表第1・1⑵②1号~3号)。
- 毎月、組合員の管理費などの滞納状況を管理組合に報告する
- 組合員が管理費などを滞納したときは、支払期限後●月の間、電話若しくは自宅訪問又は督促状の方法により、その支払の督促を行う
- 2.の方法により督促しても組合員がなお滞納管理費等を支払わないときは、管理会社はその業務を終了する
そして、管理会社は、これらの督促を行っても、なお組合員が管理費を支払わないときは、その責めを免れ、その後の請求は管理組合が行うものとされます(標準管理委託契約10条1項)。
なお、この場合において、管理組合が管理会社の協力を必要とするときは、その協力方法について協議するとされています(標準管理委託契約10条2項)。
したがって、標準管理委託契約では、管理会社の義務は、あくまで管理組合に対して毎月滞納状況を報告することと、支払いを督促することに限られます。
そのため、管理会社がこれらの業務を行っていた場合、管理費の回収ができなかったとしても、管理会社に契約上の義務違反(債務不履行)はなく、管理組合が管理会社に対して損害賠償を請求できません。
この点、マンション入居者に対する管理費等の回収が不能となったことを理由とする管理組合の管理会社に対する損害賠償請求を認めなかった裁判例があります(東京地裁平成18年7月12日)。
<東京地裁平成18年7月12日>
⑴ Y1は、平成3年9月ころ新築された11階建てのテナントビルであり、当初、被告の現理事長であるB…の兄とA氏の2名の区分所有であったが、A氏は、間もなく管理費を滞納するようになり、管理費未納のまま、平成6年6月ころ、A氏の区分所有部分について競売手続が開始された。
被告[管理組合]理事長のBは、A氏の未納管理費等はどうなるのかについて、原告[管理会社]担当者に尋ねたところ、競売による落札者がA氏の債務も引き継ぐから大丈夫だとの説明を受けた。
平成13年ころ、訴外株式会社D…がこれを競落した。
しかし、実際にA氏から競落したとして登記されたのは、訴外有限会社E…であり、更にその後Eから複数の新所有者に転売されたが、平成13年9月末日現在、もとA氏区分所有部分の未納管理費等は合計1303万7239円にのぼった。
⑵ 原告担当者は、未納管理費等については、適宜請求書…の郵送、電話連絡、訪問による請求という方策を採っており、管理費等の支払状況について、やや遅れることはあったものの、毎月被告に月次報告書…で報告すると共に、年1回の被告の決算時の総会で理事会に報告していた。
この月次報告書中の未払金の額は、決算時の総会において被告に承認された金額をもとに、その後支払われたものなどを差し引いた額を記載したものである。
また、原告担当者は、被告側から何か相談があったときにはこれに随時応じていた。
Bは、A氏の滞納額がかさんでいることや、それにより被告組合費が不足して原告に対する委託管理費の支払いが滞納しがちになったことなどから、今後の対処方法について原告担当者に相談した結果、平成11年12月の定時総会、臨時総会でその件に関して話し合い、A氏から未納管理費等に関する債務承認の確認書を差し入れさせたが、これも功を奏さなかった。
⑶ 平成13年4月ころ、被告の理事会が開かれ、DがA氏区分所有部分を競落する予定であるとしてこれに出席し、未収金はDが払う旨発言すると共に、同年13月ころの被告の総会にもDが出席し、EではなくDが未収金を支払うが、もう少し待ってほしい旨発言した。
そこで被告はDからの未収金の支払いを待つことにしたが、なかなか支払いがなされないままだったので、原告は、Bからの要請を受けて、登記簿上の所有者であるEに対し、平成14年8月1日、内容証明郵便により、平成14年3月末日現在の未払管理費等1365万8500円を同年9月末日までに支払うよう催促した。
また、その後、同年11月17日、原告担当者は被告に対して、前記未払管理費等の処理につき、「①A氏に対して所有期間中の未収金の督促をする。②Eに対し所有期間中の未収金請求をする。③新所有者に未収金を全て振り替え、管理組合と未収金額の調整を行う。」の方法が可能である旨書面で報告している。
⑷ Bは、原告担当者がしばしば代わることや原告担当者の未収管理費の回収方法等についての対応に不満を持つようになり、平成11年12月ころには、他の区分所有者である訴外株式会社Fに対して、原告との契約を解約することを示唆しているが、ひとまずDの態度が決まるまでは原告との契約を続行するのが望ましいと判断して、本件管理委託契約を解約しないでいた。
以上の認定事実をもとに検討すると、原告は、A氏に対して、随時未納管理費等の請求を行い、その金額等の状況について毎月被告に報告し、Bの問い合わせに応じて未納管理費等の回収方法等についてアドバイスするなどし、最終的には競落後の新所有者であるEに対して内容証明郵便で支払いを催促しているのであるから、本件管理委託契約書に定められた業務を履行していたものと認めることができる。
この点、未納管理費等の請求書について、原告は平成14年10月分から12月分しか提出しておらず、その他の時期においても同様の請求書がA氏に対して発送されたのか疑問の余地があるところではあるが、そもそも…原告の未収金回収業務として、随時書面による督促を行うことまでは本件管理委託契約上の義務とはされていないのであるから、たとえ原告がこれを怠ったとしても、債務不履行と評価されることにはならないというべきである。
また、未納管理費等が被告の主張するような多額に上ったのは、A氏の区分所有部分の競売手続が終結するまで予想外の長期間に及んでしまったことや、競落したD又はEの対応いかんが主たる原因であると解されるところ、…原告の内容証明郵便による請求は、とくに時機を失したものとまでは認められない。
そして、…内容証明郵便による請求後の取立については、原告と被告との間で具体的な方策について協議した事実は認められないから(…むしろ、Bは、原告担当者に対して、以後のことは弁護士に相談する旨話していることが認められる。)、結局、未収金の回収業務につき原告に債務不履行の事実は認められないといわざるを得ず、かりに被告が1303万7239円の管理費等を回収できないことによる同額の損害を被ったとしても、原告はこれに対して責めを負わない。
もっとも、被告の原告に対する管理委託費の未払いは、A氏の区分所有部分の管理費等の未払いが原因であることについて、原告は十分に知悉していたのであるから、被告の管理委託費の未払額が拡大しないように、これを受領する立場にある自らも積極的な手立てを打つべきであったと指摘し得るところではあるが、そうであるとしても前記認定を左右するものではない。