管理者の解任請求

区分所有法は、管理者の解任に関して次のように規定しています。

  1. 区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によって、管理者を選任し、又は解任することができる(区分所有法25条1項)。
  2. 管理者に不正な行為その他その職務を行うに適しない事情があるときは、各区分所有者は、その解任を裁判所に請求することができる(区分所有法25条2項)。

このページでは、管理者の解任請求に関する要件や裁判例について説明します。

要件

管理者に不正な行為その他その職務を行うに適しない事情があるときは、各区分所有者は、その解任を裁判所に請求することができます(区分所有法25条2項)。

「不正な行為」とは、善管注意義務(区分所有法28条・民法644条)に違反して、故意に区分所有者に損害を与える行為をいいます。

また、「その職務を行うに適しない事情」とは、職務の適正な遂行に影響を及ぼす重大な事実をいいます。

例えば、管理者の病気や長期の不在等が考えられますが、それらによって直ちに解任請求が認められるのではなく、職務遂行に重大な影響を及ぼす場合であることが必要です。

この点、未分譲部分の区分所有者である分譲業者が管理者となっているマンションにおいて、管理者としての義務である業務・収支状況報告の遅れ・不備・説明の遅延に加え、管理費の支払義務がないとして支払わない等の事情がある場合に、管理者の解任を認めた裁判例があります(東京地裁平成2年10月26日)。

なお、管理者に管理業務を継続させると区分所有者に著しい損害を与えるおそれがあり、それに対応する措置を直ちに講じる必要がある場合、管理者の職務執行停止と職務代行者選任の仮処分の申立て(民事保全法23条2項)という方法も考えられます。

<東京地裁平成2年10月26日>

…区分所有原告らに当初から被告の管理体制に対する不満があったうえに、管理者としての義務である業務及び収支状況報告の遅れ、不備並びに説明の遅延といった対応の杜撰さに加え、管理費等を徴収する義務のある管理者であり、かつその徴収を受けるべき義務者としての区分所有者である被告が、理由もなくその支払義務がないと独断した態度が区分所有原告らの不審を一層募らせたものといえる。
しかも原告組合に加入している者も約70パーセントもおり、他方被告の新規加入者に対する…脱退の勧誘行為をも考えると、管理者である被告と区分所有原告らを含む多くの区分所有者との信頼関係はもはや無いと評価すべきである。
被告は、区分所有原告らのうちに被告に対し、管理費等を支払っていない者がいるから、被告の管理費等の不払を理由に解任請求するのは信義則に反すると主張する。
確かに…、昭和59年4月以降被告主張の16名の者が被告に対する不信感から管理費等を被告に支払わず、原告組合が管理するその口座に入金していることが認められるが、それはむしろ被告の管理費等の不払や前記報告及び事後処理のまずさ等に起因するものであるから、区分所有原告らの主張が信義則に反するとはいえない。
また被告は、その不払は本件管理規約の誤解に基づくと言うけれども、…区分所有原告らから昭和58年6月以降に既にその理由の当否を指摘されていたことであり、その点を善処せず、昭和61年12月になってようやく未払管理費等を支払った(しかも遅延損害金は不払い)のであるから、単なる誤解と片付けることは困難である。
以上要するに、被告には管理者として業務を行うに適しない事情があると解せられる。
したがって、区分所有原告らの解任請求は理由がある。

弁護士報酬等の費用

区分所有法25条2項の管理者解任請求訴訟を提起して勝訴判決が確定した場合に、管理者解任請求訴訟を提起した区分所有者が、他の区分所有者に対し、事務管理に基づく有益費償還請求として、管理者解任請求訴訟の弁護士報酬について、持分割合(区分所有法14条)に応じた償還を請求した事案があります。

事務管理とは、義務なく他人(本人)のために事務の管理を行うことをいい(民法697条1項)、本人のために有益な費用を支出した場合、本人に対してその費用の償還を請求できます(民法702条1項)。

事務管理が成立するためには、本人の意思に反することが明らかでない必要があります(民法700条参照)。

そこで、他の区分所有者の意思に反することが明らかである等により、管理組合又は他の区分所有者を本人とする事務管理が成立しないのではないかが問題となります。

この点、管理組合を本人とする事務管理も他の区分所有者を本人とする事務管理も成立しないとした裁判例があります(東京高裁平成29年4月19日)。

なお、解任請求訴訟で解任されたとしても、区分所有者の多数の賛成を得ればその後に管理者として選任されることは可能です。

<東京高裁平成29年4月19日>

2 争点2(事務管理該当性その2-本件解任訴訟は、被控訴人らの意思又は利益に反するか)について

⑴ 各区分所有者は、いずれも区分所有法25条2項に基づく管理者解任請求訴訟の原告適格を有しているから、本件解任訴訟の提起が被控訴人らの意思に反しないものであるときには、被控訴人らを本人とし、控訴人らを管理者とする事務管理が成立する可能性がある。
そこで、まず、本件解任訴訟の提起が被控訴人らの意思に反することが明らかであったかどうかを検討する。
⑵ …被控訴人Y4の理事長・管理者としての業務運営の一部に問題があったことが認められるのと同時に、控訴人らの本件管理組合の運営方針や実績(控訴人X2が理事長を務めていた時期の実績)も他の組合員からの広い支持を受けていなかったこと、控訴人らがこのような客観情勢を認識していたことを推認することができる。
また、…被控訴人らは本件解任訴訟の提起の時点で意見を聴かれた場合には訴訟提起に反対したであろうことを推認することができる。
そうすると、控訴人らは、本件解任訴訟の提起の当時、組合員の中には、訴訟提起に賛成の者もいれば反対の者もいること、反対の者の数が決して少なくないことが確実であることを認識していたものというべきである。
そして、被控訴人らは本件解任訴訟の提起に反対の者に属するから、本件訴訟提起は被控訴人らの意思に反することが明らかであり、控訴人らは被控訴人らに対して本件解任訴訟の提起に関する事務管理に基づく有益費償還請求権を有しないものというべきである。
⑶ 本件管理組合の組合員の数は多数に及ぶため、控訴人らは、本件解任訴訟の提起の当時、どの組合員が本件解任訴訟の提起に賛成で、どの組合員が本件解任訴訟の提起に反対かを、個別に認識することはできなかったものと推認される。
しかしながら、仮に事務管理が成立するとしたときの本人に該当する者の数が69(本件マンションの専有部分の総数)前後に及ぶと推定される本件のような場合において、当該事務の管理が本人の意思に反することが明らかな者(以下「意思相反者」という。)の数が相当数あることが確実であるときには、事務の管理の開始時において管理者が意思相反者を個別に特定して認識していなくても、意思相反者との関係においては事務管理が成立しないものというべきである。

3 争点1(事務管理該当性その1-本件解任訴訟は他の区分所有者又は本件管理組合の事務に当たるか)について

⑴ 控訴人らは、本件管理組合を本人とする事務管理が成立するとも主張する…。
しかしながら、区分所有法25条2項の管理者解任請求は、各区分所有者固有の権利であって、管理組合の権利ではないから、本件解任訴訟について、本件管理組合を本人とする事務管理が成立する余地はないものというべきである。
控訴人らの前記主張は、採用することができない。
⑵ 株主代表訴訟は、株式会社の有する権利を株主が行使する点において、区分所有者固有の権利(管理組合の権利ではない。)を区分所有者が行使する管理者解任請求訴訟とは、その構造を異にする。
そして、株主代表訴訟においては、株式会社を本人とし、株主を管理者とする事務管理という構図が当てはまる。
しかしながら、株主代表訴訟は、株主の提訴請求を株式会社が明示的に拒絶した後に提起されるなど、訴訟の提起が本人たる株式会社の意思に反することが明らかなことが多い(会社法847条1項、3項、4項参照)。
このように、多くの株主代表訴訟においては、株式会社のための事務管理が成立せず、株式会社に対する有益費償還請求権も発生しない。
しかしながら、立法者は、このような場合に勝訴株主が全く費用等の償還を受けられないことは不適切であると判断して、特別に、株式会社のための事務管理が成立しない場合であっても勝訴株主の株式会社に対する費用報酬支払請求権を発生させる条文(会社法852条)が設けられているのである。
⑶ 会社法上の訴えの中で、その構造が区分所有法25条2項の管理者解任請求に近いのは、株式会社の役員の解任の訴え(会社法854条)である。
株式会社の役員の解任の訴えは、当該役員を解任する旨の議案が株主総会(又は種類株主総会)で否決されたときに限り、会社法所定の要件を満たす株主が株主固有の権利として、提起することができる。
そうすると、他の株主の中には、株式会社の役員の解任の訴えの提起に反対することが明らかな者(以下「反対株主」という。)がいることが確実であって、この場合には、反対株主を本人とする事務管理は成立の余地がない。
そして、反対株主に対する費用償還請求権を認める内容の法律の規定は設けられていないから、結局のところ、勝訴株主は反対株主に対して費用償還を請求することができない。
区分所有法25条2項の管理者解任請求も、費用償還に関しては、株式会社の役員の解任の訴えとおおむね同様の問題状況にあり、解任に反対する区分所有者に対する勝訴株主への費用償還を命じることには無理がある。

4 他に、本件解任訴訟に関して控訴人らと被控訴人らとの間で事務管理が成立することを基礎付けるに足りる事実関係を認めるに足りる証拠はない。よって、控訴人らと被控訴人らとの間に事務管理は成立しないから、控訴人らの請求は理由がないことに帰する。