漏水事故が発生し、調査や補修工事等のために上階の専有部分への立ち入りが必要になりますが、上階の専有部分の区分所有者が立ち入りを拒否することがあります。
その場合に、管理組合や他の区分所有者が取り得る対応について説明します。
区分所有法6条2項
区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができます(区分所有法6条2項)。
「使用を請求」には、他の区分所有者の専有部分等に必要に応じた立ち入りを請求することも含みます。
もっとも、他人の専有部分等の使用は、その部分の使用を一時停止させたり、または他人の生活を妨害するおそれがあるから、「必要な範囲」においてのみ許されます。
「必要な範囲」とは、区分所有者が行う保存または改良工事にとって必要最小限の場所的範囲をいいますが、その使用の方法・時期についても、最も迷惑にならないようにすべきであると考えられます。
また、使用の範囲、方法、時期等については具体的な協議が必要であり、協議を経ないで他人の専有部分等を使用した場合には、権利の濫用として使用の停止を請求されることもあり得ます。
なお、区分所有者が他の区分所有者の専有部分等を使用した結果、他の区分所有者に損害を与えた場合、当該区分所有者は、その損害を賠償しなければなりません(区分所有法6条2項後段)。
「償金」は、損害賠償金と同じ意味ですが、適法行為による補償という意味で「償金」とされています。
そのため、償金を請求するには、区分所有者に故意や過失があることは必要ありません。
標準管理規約(単棟型)23条
専有部分にあるキッチン・風呂・トイレ等の排水を流す横菅(枝管)は専有部分、横菅から流れてきた排水を集めて流す縦管(主管)は共用部分と考えられます。
そして、専有部分である設備のうち共用部分と構造上一体となった部分の管理を共用部分の管理と一体として行う必要があるときは、管理組合がこれを行うことができます(標準管理規約(単棟型)21条2項)。
したがって、横菅(枝管)も縦管(主管)も管理組合が管理を行うことができます。
管理組合は、管理を行うために必要な範囲内において、他の者が管理する専有部分又は専用使用部分への立入りを請求することができ(23条1項)、立入りを請求された者は、正当な理由がなければこれを拒否してはなりません(23条2項)。
また、理事長は、災害、事故等が発生した場合であって、緊急に立ち入らないと共用部分等又は他の専有部分に対して物理的に又は機能上重大な影響を与えるおそれがあるときは、専有部分又は専用使用部分に自ら立ち入り、又は委任した者に立ち入らせることができます(23条4項)。
もっとも、立入りをした者は、速やかに立入りをした箇所を原状に復さなければなりません(23条5項)。
相手方が応じない場合
区分所有者や管理組合が立入りを請求できるとしても、相手方が立入りに応じない場合には、原則として当然に立ち入ることができるわけではなく、裁判上の手続きを経る必要があります。
承諾に代わる判決
承諾をすべき債務は、承諾をすべきことを命じる判決がある場合、その確定によってその行為があったのと同一の効果が生じます(民事執行法171条1項1号)。
したがって、相手方が立入り請求に応じない場合、訴訟を提起し、承諾に代わる判決(民事執行法171条1項1号)を得て立ち入ることができます。
妨害禁止の仮処分
承諾を求める判決を得るために訴訟を提起していたのでは、緊急性のある事態には対応できません。
そこで、訴訟による解決では権利の実現が困難になる場合、立入りの妨害や補修工事等の妨害をすることの禁止を求める仮処分を申し立てることも考えられます。
緊急性のある事案においては、仮処分を利用することで訴訟に比べて迅速な解決が期待できます。
損害賠償
立入りできないことにより損害があった場合、事後的に損害賠償請求もできます(民法709条)。
標準管理規約(単棟型)でも、正当な理由なく立入りを拒否した者は、その結果生じた損害を賠償しなければならないとされています(23条3項)。
この点、マンション内の階上室を所有しそこに居住する者は、そのマンションの給水管が階上室の床下を通っているため、階下室からはコンクリートの障壁にさえぎられて給水管の点検、修理のできない構造となっている場合に、階下室に漏水事故が発生し、その原因の調査・修理のため必要が生じたならば、同一マンションの直上、直下階にそれぞれ居住するという共同の関係をもって社会生活を営む隣人(階下居住者)に対する義務として、自己の所有し、居住する階上室に工事関係者が立入って漏水原因の点検・調査・修理工事をすることを、これを拒否するのが正当と認められる特段の事情のない限り、受忍すべき義務があり、この義務に違背して右特段の事情がないのにことさら立入を拒否した場合には、階下居住者に対する不法行為として、その損害を賠償する義務があるとした裁判例があります(大阪地裁昭和54年9月28日)。
この裁判例では、原告としても隣人同志として十分に話合う努力をしなかったことなどその対応措置には同じマンションに居住する隣人に対するものとしてやや配慮に欠ける点もあったことを、慰謝料の金額を算定するにあたって考慮しており、この種の紛争については、隣人間での互譲の精神によって円満に解決することが望ましいといえます。
<大阪地判昭和54年9月28日>
被告と原告とが所有し居住している…ハイツの621号室と522号室とは階上と階下の関係にあり、給水管は621号室の床下を通っているため、階下の522号室からはコンクリートの障壁にさえぎられて給水管の点検、修理のできない構造になっているのであるから、かかる構造、設備を有する同一マンシヨンの階上室を所有し居住する者は、階下に漏水事故が生じ、その原因の調査、水漏個所の修理のため必要が生じた場合には、同一マンシヨンの直上、直下階にそれぞれ居住するという共同の関係をもって社会生活を営む者の隣人(階下居住者)に対する義務として、自己の所有し、居住する階上室に工事関係者が立入って、漏水原因の点検、調査、修理工事をすることを、これを拒否するのが正当と認められる特段の事情のない限り、受忍すべき義務があり、この義務に違背して右特段の事情がないのにことさらに立入を拒否した場合には階下居住者に対する不法行為となるというべきである。
本件では、被告は、昭和52年5月29日午後3時半ころ原告方に漏水事故の生じたことを知らされ、同月30日午前9時40分ころには工事関係者から被告宅に漏水原因の調査、修理のため入室を求められたのに、何ら入室を拒否する正当の理由がない(被告は、被告の妻が病気であったというが、入室して調査することを拒否せざるを得ないような重病で病床にあったことを認めるに足りる証拠はない)にも拘らず、これを拒絶し、その後も再三の申入に対して、…建設に対する被告宅の補修要求を交換条件に持ち出すなど筋違いな要求をして、その都度拒否し、結局同年6月2日に至るまで入室を拒み続けたのであるから、被告の同年5月30日から同年6月1日までの3日間にわたる入室拒否行為は、社会生活上要求される前記の義務に著しく違背した行為として違法性を帯び、原告に対する不法行為となるといわなければならない。
…原告は、右漏水による汚損のため、台所天井、壁各クロス張替、下地べニヤ取替、和室4.5畳壁と六畳壁の各クロス張替、カーぺツト取替、4.5畳フスマ張替の補修工事が必要となり、…右工事代として343,600円を支払った…。
…原告方の右漏水による汚損は、被告の不法行為がなければ、昭和52年5月30日中には止っていたと思われるのに対し、被告の右不法行為によって漏水の停止が同年6月2日まで3日間延引し、その間漏水が続いたことによって損害が拡大したものであるが、被告の不法行為がなかったとしても一日位は漏水が続くことによる汚損は当然生じた筈で、その場合でも一部の内装補修工事が必要となったものと考えられるから、被告の前記不法行為によって原告に生じた財産上の損害額は右補修費用343,600円の8割に当る274,880円と認めるのが相当である。
…原告は、被告の不法行為により3日間余にわたって漏水防止の処置をとることが不能となり、時には漏水が激しくなるためその対応措置に追われて住居の平隠を害され、精神的苦痛を蒙ったものと認められる。
そして、…被告の不法行為の態様、原告の物的損害発生の状況、原告側の対応措置ことに原告とその妻が、昭和52年5月29日に2回にわたって被告の妻に電話連絡したほかはすべて被告方への立入について管理人ないし工事関係者に委せ切りにし、自ら直接被告方に赴いて被告との面談、説得を試みるなど隣人同志として十分に話合う努力をしなかったことなどその対応措置には同一マンシヨンに居住する隣人に対するものとしてやや配慮に欠ける点もあったことなどの事情を総合すると、原告が蒙った精神的損害に対する慰藉料は70,000円とするのが相当である…。