会計担当理事が管理費を横領した場合の他の理事に対する損害賠償請求

会計担当理事が管理費を横領した場合、会計担当理事に対して損害賠償請求できます。

また、理事長や他の理事に対しても損害賠償請求できる場合もありますが、責任が制限されることもあります。

他の理事の損害賠償責任

理事と管理組合は委任(準委任)の関係にあるため、管理組合に対して善管注意義務を負っています(民法644条)。

善管注意義務とは、受任者が、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理しなければならない義務です。

そして、理事が善管注意義務に違反した場合、管理組合は理事に対して損害賠償請求ができます(民法415条1項)。

会計担当理事が管理費を横領した場合、その理事には善管注意義務があるので、管理組合はその理事に対いて損害賠償できます。

会計担当理事が横領した場合に他の理事に対しても損害賠償できるかどうかは、会計担当理事による横領を許したことが、他の理事の善管注意義務となるかどうかにより判断されます。

善管注意義務は、委任の本旨に従って負うものですから、具体的な善管注意義務の内容は、その役員の立場やどのような役割をしていたかによって異なます。

そのため、個々の役員によって責任を負うかどうかの結論が変わることもあります。

したがって、理事長にとっては善管注意義務違反となっても、副理事長にとっては善管注意義務違反とならないこともあります。

以下の裁判例では、会計監査役員・理事長の善管注意義務違反は認められましたが、副理事長の善管注意義務違反は認められませんでした。

<東京地裁平成27年3月30日>

本件は、マンション管理組合法人である原告が、…会計担当理事であった戊田…によって同管理組合の金員が着服横領されたことにつき、当時管理組合の役員であった被告らに対し、善管注意義務違反に基づく損害賠償として、戊田の着服行為により被った損害…の連帯支払を求める事案である。

被告丙川の注意義務違反の有無等について[会計監査役員]

被告丙川は、会計監査役員として、会計担当理事である戊田が作成した前年度の収支決算報告書を確認・点検し、会計業務が適正に行われていることを確認すべき義務があったにもかかわらず、戊田から定期総会直前に示された虚偽の収支決算報告書の記載と戊田が偽造した残高証明書の残高等を確認するだけで、本件預金口座の通帳の確認をせず、戊田による横領行為を看過したものであった。
そして、銀行発行名義の預金口座の残高証明書については、それが真実銀行発行のものであるならばその内容の信用性が極めて高いものであるが、…戊田が被告丙川に示した本件預金口座の残高証明書は、戊田が自分のワープロで偽造したというものであって、その体裁等からして真実の銀行発行の預金口座の残高証明書の原本とはかなり異なるものであったことが推認され、このような偽造された残高証明書を安易に信用し、戊田が保管しており、その確認が容易である本件預金口座の預金通帳によって残高を確認しようとしなかった被告丙川には、会計監査役員として、本件自治会に対する善管注意義務違反があったと認めざるを得ない。
そして、被告丙川がこのような確認を行っていたならば、戊田が本件預金口座から継続的に金員を払い戻して横領していることを把握でき、本件における損害の発生を回避することができたと認めることができる。

被告乙山の注意義務違反の有無等について[理事長]

被告乙山は、本件自治会の理事長として、前年度の収支決算報告書を作成して総会で自治会員に報告する義務を負っていたものである。
したがって、たとえ会計については会計担当理事である戊田に委託しており、また、戊田による収支決算報告に対しては会計監査役員である被告丙川による会計監査が行われていたとしても、やはり被告乙山が自治会員に対して収支決算報告をすべき最終的な責任者であることに照らすと、戊田が作成した収支決算報告書を確認・点検して適正に行われていることを確認すべき義務があったといわざるを得ない。
それにもかかわらず、…被告乙山は、戊田に本件預金口座の管理、その預金通帳及び銀行用印鑑の保管を任せていたにもかかわらず、会計の報告につき、定期総会の直前に戊田から簡単な説明を受けるのみであって、本件預金口座の通帳の残高を確認することなく、また、会計監査役員である被告丙川に対し、本件預金口座の通帳を確認するなどの適正な監査をすべき指示を出したり、被告丙川が適正な監査をしているかを確認したりすることもなく、その結果、戊田による会計業務の具体的内容について十分な確認をしないままとしていたものであって、このような被告乙山には、理事長として、本件自治会に対する善管注意義務違反があったと認めざるを得ない。
なお、仮に被告乙山が戊田から偽造された銀行発行名義の預金残高証明書を見せられていたとしても、それをもって注意義務違反がないとされるものでないことは、…被告丙川の場合と同様である。
また、被告乙山がこのような確認等を行っていたならば、戊田が本件預金口座から継続的に金員を払い戻して横領していることを把握でき、本件における損害の発生を回避することができたと認めることができる。

被告丁原の注意義務違反の有無について[副理事長]

本件規約上、副理事長は、理事長を補佐し、理事長に事故があるときはその職務を代行することとされており…、また、副理事長も構成員である理事会は、総会の議決、本件規約による自治会の業務遂行に当たるほか、必要と認める事項を決定しこれを処理することとされている…。
また、…理事長である被告乙山は、平成7年以降、本件自治会の役員の役割分担を決め、副理事長については、①理事長の補佐、②定期的な共用部分の保守管理、③管理名簿等の日常管理資料の作成をその具体的な職務とし、被告丁原はこれらの職務を分担してきたことが認められる。
以上によると、副理事長であった被告丁原においては、本仕規約上も実際の職務分担のいずれにおいても、本件自治会の会計事務について具体的に何らかの権限が与えられていたものではないところ、このような被告丁原において、会計事務について何らかの措置を講ずべき場合とは、理事長である被告乙山が会計に関して行っていた行為について副理事長である被告丁原として何らの補佐をしなければならない状況が存在することになった場合又は被告乙山に事故があった場合であると解される。
しかるところ、当時、被告丁原自身はもちろん、被告乙山やその他の本件自治会関係者においても、本件自治会の会計事務において被告丁原が何らかの措置を講ずべき状況にあると認識されておらず…、また、被告乙山に事故があるとの状況にもなかったこと…に照らすと、戊田の横領行為につき、被告丁原において予見して何らかの措置を講ずべきであったということはできず、被告丁原に本件自治会に対する善管注意義務違反があったと認めることはできず、本件全証拠によっても同義務違反を認めることはできない。

過失相殺

他の理事に対して損害賠償請求できるとしても、過失相殺により、すべての損害について請求できないこともあります。

過失相殺とは、債務不履行や損害の発生・拡大に関する債権者に過失を考慮して、裁判所が損害賠償の責任やその額を定めることをいいます(民法418条1項)。

前掲の裁判例でも、管理組合の過失を考慮して、会計監査役員・理事長の責任が9割軽減されました。

<東京地裁平成27年3月30日>

…①被告乙山は年間6万円、被告丙川は年間5000円の謝礼を受け取っていたとはいえ、被告乙山及び被告丙川は、別に仕事に就いており、夜間や休日に時間の都合を付けて、自主管理によっていることから多様な業務に関わらざるを得ない本件自治会の役員の職務を分担してきたものであること、②本件自治会の定期総会の本人出席者数は、比執的出席しやすい自治会員が多いと思われる日曜日(平成10年以降は日曜日の夕方)に開催されてきたにもかかわらず、本人出席数は少なく、本人出席者のうち役員を除く一般の自治会員の出席は数名程度であることも多く、平成18年度定期総会において、本件預金口座の残高証明書の取得・開示の要求が出されるまで、自治会員の会計を含めた本件自治会の管理運営への関心は高くなく、大多数の自治会員は本件自治会の管理運営について役員に任せるままであったと考えられること、③平成13年度定期総会においては、毎年の総会に出席する自治会員がほとんど同じで、自治会運営の実態としては好ましくないことから、もっと多くの自治会員が本件自治会の管理、運営に関心を持ってもらいたく、いかにしたら総会への出席がしやすくなるのかを各自治会員が考え、提案をしてもらいたいとの意見が出されたがその後も総会における本人出席が少ない状況が続いたこと、④被告乙山や被告丙川が本件預金口座の通帳を確認するなどして本件預金口座の期末残高を確認せず、また、被告丙川が戊田偽造による残高証明書の内容を信じたことは軽卒であったといわざるを得ないが、戊田は、偽造した本件預金口座の残高証明書を被告丙川に提示し、また、被告乙山に対しても会計について説明しており、同被告らは一定のチェックはしていたものであること、以上の事情が存在する。
…本件は、以上のような事情の下において、会計担当理事の横領行為という不法行為につき、非専従で多額とはいえない謝礼を得るのみであった理事長や会計監査役員の過失が問題となっているものである。

しかるところ、本件規約においては、理事長が前年度の経費に関する報告書を作成し、自治会員に報告しなければならないとされているなど…、理事長を含めた役員の選任・監督については各自治会員も責任を負っているといえるものであって、それにもかかわらず、上記のとおり、各自治会員の会計を含めた本件自治会の管理運営への関心が高くなく、役員に任せるままであったことも、戊田による横領行為が継続して行われた原因の一つであるといわざるを得ない。
…以上の諸事情によると、戊田の横領行為による損害を理事長であった被告乙山及び会計監査役員であった被告丙川にのみに負担させることはできないというべきであって、損害の衡平な分担の見地から、過失相殺の法理を類推し、被告乙山及び被告丙川の責任を9割減ずるのが相当である。