認知症などにより意思能力がない区分所有者が管理費を滞納した場合、その区分所有者に対して滞納管理費の請求や競売請求(区分所有法59条1項)をする場合の問題点や対策などについて説明します。
高齢化社会の進展により、認知症などにより意思能力のない区分所有者への対応が求められることが多くなると考えられます。
滞納管理費の請求
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力がなかった場合、その法律行為は無効となります(民法3条2)。
意思能力とは、自己の行為の結果を弁識するに足りる精神的な能力のことをいいます。
そして、認知症などにより区分所有者に意思能力がない場合、裁判上の訴訟能力(自ら訴訟行為をしたり、相手方や裁判所から訴訟行為をする能力)もありません(民事訴訟法28条前段)。
そのため、裁判をして滞納管理費の請求をすることもできません。
そこで、裁判をして滞納管理費を請求するために、成年後見人や特別代理人を選任することが考えられます。
成年後見人の選任
成年後見人とは、本人が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある場合に、本人に代わって財産の管理や契約などを行う代理人です。
成年後見制度については、こちらのページをご覧ください。
成年後見人は、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市区町村長などが家庭裁判所に後見開始の審判の申立てをすることによって選任されます(民法7条・8条・老人福祉法32条など)。
成年被後見人は、法定代理人である成年後見人によってのみ訴訟行為をすることができます(民事訴訟法31条本文)。
この点、管理組合は、後見開始の審判の申立てをできる者に該当しないため、管理組合の申立てによって成年後見人を選任することはできません。
そこで、管理組合が区分所有者の配偶者・子供などに連絡をとり、成年後見人を選任するための申立てをお願いすることが考えられます。
親族にとっても、成年後見人が財産管理や契約を本人に代理して行うことで、本人の財産から生活費・医療費などを賄うことが円滑にでき、負担が軽減されるなどのメリットもあります。
もっとも、親族と連絡がとれなかったり、親族が申立てに協力しない場合、成年後見人を選任することはできません。
特別代理人の選任
特別代理人とは、特定の訴訟について、本人の代わりに裁判を行う代理人です。
法定代理人がない場合又は法定代理人が代理権を行うことができない場合において、成年被後見人に対し訴訟行為をしようとするときは、遅滞のため損害を受けるおそれがあることを疎明して、訴えを提起する裁判所の裁判長に特別代理人の選任を申し立てることができます(民事訴訟法35条)。
区分所有者が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にありながら、成年後見人が選任されていない場合、特別代理人の選任ができると考えられます。
そこで、管理組合は、滞納管理費の支払い請求訴訟の際に、裁判所に区分所有者の特別代理人を選任する申立てをして、特別代理人を相手に裁判を行うことになります。
なお、離婚訴訟(最高裁昭和33年7月25日)など、本人に一身専属的で代理になじまない行為については、特別代理人には権限がないと考えられています。
競売請求
区分所有者が、共同利益背反行為(区分所有法6条1項)をして、その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難である場合などには、区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができます(区分所有法59条1項)。
管理費滞納を理由とする競売請求については、こちらのページで説明します。
競売請求をするためには,区分所有者及び議決権の4分の3以上の集会における特別決議に基づくことが必要です(区分所有法59条2項・58条2項)。
また、その決議をするに当たっては、区分所有者に対し、あらかじめ弁明の機会を付与することが必要です(区分所有法59条2項、58条3項)。
この点、弁明の機会は、単に形式的に当該区分所有者の住所地に弁明の機会を付与する旨の通知が届けられただけでは足りず、当該区分所有者において、その内容を了解することができる能力を有していることが必要であり、弁明の機会を付与するために通知を送付した時点で、区分所有者が意思能力を欠く常況にあり、成年後見人も選任されていなかった場合、弁明の機会をを与えたことにはならず、総会の決議は瑕疵ある決議になるとした裁判例があります(札幌地裁平成31年1月22日)。
もっとも、この裁判例によっても、特別代理人の選任後、特別代理人に対して改めて弁明の機会を付与した後に特別決議をすれば、先行する決議の瑕疵は治癒されるとされています(札幌地裁平成31年1月22日)。
<札幌地裁平成31年1月22日>
区分所有法59条2項が、同法58条3項を準用し、同法6条1項に規定する行為をした又はその行為をするおそれがある区分所有者の区分所有権及びその敷地利用権について、競売の請求の訴えを提起することに関する集会の決議をするに当たり、当該区分所有者に弁明の機会を付与することとした趣旨は、同請求が当該区分所有者の区分所有権に与える影響の重大性に鑑み、当該区分所有者に確実に反論の機会を与えるという点にある。
そうすると、同法59条2項が準用する同法58条3項の弁明の機会は、単に形式的に当該区分所有者の住所地に弁明の機会を付与する旨の通知が届けられただけでは足りず、当該区分所有者において、その内容を了解することができる能力を有していることが必要と解される。
そして、…被告の状況に鑑みれば、被告が、…通知書の送付を受けた時点において、その内容を了解することができるだけの能力を有していたとは認め難い。
したがって、本件訴えの提起は、被告に対する弁明の機会を付与しないままされた瑕疵ある決議に基づくものと言わざるを得ない。
もっとも、本件においては、本件訴え提起後、本件特別代理人が選任され、同人に対して、…通知書が送付されている。
そこで、これによって被告に対する弁明の機会が付与され、…臨時総会決議によって上記瑕疵が治癒されたといえるかについて検討する。
…被告は、弁明の機会の付与を受けることが民事訴訟法上の特別代理人の権限外である旨主張するが、区分所有法59条2項の準用する同法58条3項の弁明の機会の付与は、同法59条1項に規定する競売の請求に係る訴え提起をするために必要とされる集会決議の前提をなす手続法上の要件であると解される上、上記競売の請求はあくまで財産法上の請求であることからすると、その前提としてされる弁明行為が、「本人の自由な意思に基づくことを必須の要件とする一身に専属する身分行為のように代理に親しまないものである」(最高裁…昭和33年7月25日…)とも言い難い。
そうすると、区分所有法59条2項の準用する同法58条3項の弁明の機会の付与を受けることは、民事訴訟法上の特別代理人の権限の範囲内に属する事項であると解するのが相当である。
…以上によれば、被告に対する弁明の機会を付与することなくされた決議に基づく訴えの提起であるという上記瑕疵は、本件特別代理人に対する…通知書の送付によってした弁明の機会の付与とそれを前提とした…臨時総会決議によって治癒されたものと解するのが相当である。