管理費・修繕積立金等を滞納している組合員に対し、給湯の停止や氏名の公表等の制裁措置をとることで、滞納している管理費等の支払いを促すことが考えられます。
もっとも、組合員に対して制裁措置をとることが不法行為となり(民法709条)、組合員から損害賠償請求されるリスクもあります。
以下、組合員に対する制裁措置が問題となった裁判例を紹介します。
給湯の停止
管理会社が給湯を停止したことで、原告らは自宅での入浴ができず、シャワーも使えず、炊事、洗面にも著しい支障を来したとして、不法行為に基づく損害賠償請求をした事案において、管理費の不払を理由とする給湯停止ができるとする規約は有効であるとしながら、不法行為になるとした裁判例(東京地裁平成2年1月30日)があります。
なお、この裁判例においては、管理費等の不払いに対して暖房、給湯等の供給を停止できる規約が有効であるとされていますが、電気・水道・ガス等は生活に不可欠なものであり、これらの供給を停止する規約は公序良俗(民法90条)に反するとの考えもあります。
<東京地判平成2年1月30日>
…原告らは、また、本件管理規約の無効を主張するが、本件マンションの居住者にとって、給湯、冷暖房の供給が不可欠であるとしても、その利用の対価として管理費等を支払うべき義務を負うのは当然であり、その支払を拒む正当な理由があるとすれば、その理由を法的に明確に主張し、後に不当利得としてその返還を求める等の手段に出ることが可能であるから、管理者が、給湯等の利用について管理の委任を受けた区分所有者との間で、管理費等の不払いに対抗する手段として、暖房、給湯等の供給を停止することができる旨を約定することが、直ちに公序良俗に反し、又は自力救済と同視すべきものであるということはできない。
…原告…に対する給湯停止の措置は、管理規約に基づくもので、あらかじめ管理費等の支払を督促し、給湯停止措置に出ることを警告した上で行われたものではあるが、給湯という日常生活に不可欠のサービスを停めるのは、諸経費の滞納問題の解決について、他の方法をとることが著しく困難であるか、実際上効果がないような場合に限って是認されるものと解すべきである。
本件において、原告…の不払いの最大の原因となっていた冷暖房費については、現に旧…時代からの入居者7戸ほどに対しては、その意向に沿って冷暖房の供給をしていないのであり、冷暖房設備の撤去工事も、後に原告…みずからしたように、他の区分所有者への供給とは切り離して、比較的容易にすることができたのであるから、管理会社…としては…給湯停止前に、冷暖房の供給停止を条件に、それまでの管理費及び冷暖房費の滞納分の支払を求める交渉をしてしかるべきであった。
その上、…事務処理上のミスから、原告…の入居後約1年を経て冷暖房費の請求かなされるようになったことが、原告…に管理会社に対する不信感を抱かせる原因となったことが容易に推認できるから、…原告…に対する対応は適切を欠いたもので、本件給湯停止の措置は、権利の濫用に当たるものといわざるを得ない。
原告らのこの点の抗弁は理由があり、本件給湯停止の措置は、原告らに対する不法行為となるというべきである。
水道の元栓の閉栓
以下のような裁判例があります。
- 管理費の滞納状態が長期にわたって継続しているマンション一室の占有者に対し、管理組合理事長らが管理費の支払いを求めて水道元栓を3回にわたって閉栓する等した行為が、理事長個人及び管理組合の不法行為にあたるとした裁判例(福岡地裁小倉支部平成9年5月7日)
- 水道水やガスの供給は日常生活に不可欠なものであるから、管理費等の滞納に対する制裁として水道水やガスの供給停止の措置をとるのは他に選択する手段がないときに許されるにとどまり、事実上水道水の供給を停止したことは相当性を欠くが、その間の管理費の支払いを求めることは具体的事情から権利濫用にはあたらないとした裁判例(福岡地裁平成10年12月11日)
<福岡地裁小倉支部平成9年5月7日>
1 被告らは、閉められた本件建物の水道元栓は何人もこれを容易に開栓できる構造になっているから、原告には何ら損害は生じていないと主張するが、そのような嫌がらせを繰り返し受けたことにより、原告は平穏であるべき生活が妨げられ、不愉快な思いをさせられて精神的損害が生じたことは明らかであるから、上主張は採用できない。
2 また、被告組合には賠償義務はないと主張するが、…被告Y2の本件嫌がらせをするまでの経緯や本件嫌がらせの内容方法に照らせば、被告Y2のした各嫌がらせは、被告組合の理事(代表者)の地位を利用し、外形上、被告組合の管理事務に属する本件建物の未納管理費の徴収、戸別メーターの設置、あるいは被告組合の所有となった本件建物自体の管理に関連してその事務遂行の過程でなされたものであることは明らかであるから、被告Y2の不法行為は被告組合の職務を行うにつきなされたものとして、被告組合にも賠償義務があるというべきである。
…以上認定の諸事情によれば、被告Y2の本件嫌がらせによって原告の受けた精神的損害を慰謝するには10万円が相当である。
<福岡地裁平成10年12月11日>
本件は、マンションの管理組合が、管理組合規約に基き、区分所有者である被告に対し、被告が滞納している管理費等の支払いを請求した事案である。
…被告は、原告が、故意に、本件建物への立入禁止の通告、水道及びガスの供給停止、補修要求に何らの対応もしないなどして、被告が本件建物に居住することを不可能にし、よって、被告に、平成4年4月から平成9年9月までの78か月分の賃料(賃料月額6万円)468万円に相当する損害を発生させた旨主張し、…原告において、本件建物の玄関に、立入を禁止する旨の張り紙をしたり、管理料等を支払わなければ住めなくなる旨告げ、ガス及び水道の元栓が設置されている扉の鍵の扉の鍵を渡さず、または、その開扉の仕方を教えず、事実上水道水の供給停止と評されてもやむを得ない行動をしたなど上主張に沿う事実も認められるけれども、他方、原告と被告との管理料等を巡る経緯、水道の閉栓が原告の規約に基づくこと、水道が開栓された後も、被告が本件建物に入居しなかったこと、ガスの元栓を原告が閉栓したことにつき証拠がなく、また、本件建物の天井から水漏れがしていて居住することができないことを証拠上認定できないこと等をも総合考慮すれば、原告の行為は相当性を欠いていたが、これをもって違法、不当とまで評価することはできないといわざるを得ず、被告の主張にかかる原告の不法行為はその成立を認めることはできない。
専有部分の使用禁止
区分所有者が管理費等を滞納しても、区分所有者に対して専有部分の使用禁止を請求(区分所有法58条)することはできないとした裁判例があります(大阪高裁平成14年5月16日)。
<大阪高裁平成14年5月16日>
…管理費等の滞納と区分所有法6条1項の関係をみると、区分所有者が管理費等を支払わないことによって、共用部分等の管理に要する費用が不足し、管理が不十分になったり、他の区分所有者が立て替えなければならない事態になること、特に本件においては、控訴人の管理費等の滞納は、平成3年9月分から始まったもので、平成13年2月末日時点での滞納額は1348万5561円となっており、期間及び金額の双方において著しいものがあることからすると、6条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に当たるということができる。
…本件で問題となっている58条による専有部分の使用禁止請求について、管理費等の滞納の場合に適用があるかを検討すると、同条の規定は、共同の利益に反する行為をする区分所有者に対し、相当の期間、専有部分の使用を禁止するというものであるが、専有部分の使用を禁止することにより、当該区分所有者が滞納管理費等を支払うようになるという関係にあるわけではなく、他方、その区分所有者は管理費等の滞納という形で共同の利益に反する行為をしているにすぎないのであるから、専有部分の使用を禁止しても、他の区分所有者に何らかの利益がもたらされるというわけでもない。
そうすると、管理費等の滞納と専有部分の使用禁止とは関連性がないことは明らかであって、管理費等を滞納する区分所有者に対し専有部分の使用禁止を認めることはできないと解するのが相当である。
氏名の公表
氏名の公表に関しては、以下のような裁判例があります。
- 管理費の滞納者を公表する立看板の設置について、不法行為には当たらないとして慰謝料請求を認めなかった裁判例(東京地裁平成11年12月24日判決)
- 管理組合の理事長が、管理費未払いを管理組合総会の議題として取り上げて公表したことは、名誉を毀損する違法行為とはいえないとして慰謝料請求を認めなかった裁判例(広島高裁平成15年1月22日)
もっとも、管理費の滞納者の氏名や滞納額等を掲示や総会において公表しても、支払能力がないために支払いができないのであれば、氏名等を公表したところで支払いは期待できず効果はありません。
また、管理組合の運営のために組合員が知りたい情報は、滞納者の指名ではなく、滞納者数・滞納期間・滞納額・回収の見通し等であり、これらの情報を共有すれば足ります。
そのため、名誉棄損やプライバシー侵害による損賠賠償請求をされるリスクを考え、氏名等の公表については慎重に検討すべきです。
なお、理事会においては、情報を共有して有効な措置を講じる必要性が大きく、理事会は少数の理事から構成されるため名誉棄損やプライバシー侵害の程度が相対的に低いことから、理事会における公表は許容されやすいと考えられます。
<東京地裁平成11年12月24日>
本件立看板の文言及びその記載内容は、…単に原告乙山らが管理費を滞納している事実及びその滞納期間等を摘示したもので、…原告乙山らには管理費の支払義務があるので、その内容は虚偽ではない。
次に、…町会は、…総会における会員の発議により、総会の決議に基づき役員会の決議を経た上で会則の適用を決定し、その後、滞納金額等を公表すること及び管理費納入の意思があれが公表を控える旨を原告乙山らに通知し、本件立看板設置前に一応の手段を講じている。
そして、…原告乙山らの「…を明るくする会」が…町会を批判してそのメンバーが管理費を滞納していること及び本件立看板は34か所にもわたって設置され、本件別荘地に住民以外の者も出入りできるため、住民以外の者も原告乙山らが管理費を滞納している事実を容易に知り得る状態にあったという事情はあるが、…管理費を支払っている会員との間の公平を図るべく、原告乙山らにつきサービスが停止されたことを関係者(来訪者など)に知らせ、ゴミステーションの利用等…町会が提供するサービスを利用させないようにするために、本件立看板を、特にその大半をゴミステーション付近に設置したものであり、公表という措置そのものがもつ制裁的効果はあるとしても、ことさら不当な目的をもって設置したものとまではいえない。
また、本件立看板が1年以上設置されたのは、原告乙山らが依然として管理費を支払おうとしないためであり、…町会は、管理費を一部でも支払えば氏名を削除するという対応をとっていたものである。
このように、本件立看板の設置に至るまでの経緯、その文言、内容、設置状況、設置の動機、目的、設置する際に採られた手続等に照らすと、本件立看板の設置行為は、管理費未納会員に対する措置としてやや穏当さを欠くきらいがないではないが、本件別荘地の管理のために必要な管理費の支払を長期間怠る原告乙山らに対し、会則を適用してサービスの提供を中止する旨伝え、ひいては管理費の支払を促す正当な管理行為の範囲を著しく逸脱したものとはいえず、原告乙山らの名誉を害する不法行為にはならない…。
<広島高裁平成15年1月22日>
(原判決の引用部分)
原告は、毎月2000円の管理費の滞納については、経費節約問題に関する被告ら理事の姿勢に対する批判の意を明らかにし、自己の見解の正しさを訴える趣旨で、いわば自己の正当と信じる信念に基づきあえて管理費増額分の一部の支払を留保しているというのであり、またその余の滞納分は、原告において管理組合が支払うべきものと考える工事代金の立替分を管理費から差し引いたというのである。
そして、…通常総会及び臨時総会議案書では、原告の管理費滞納経緯の説明の中で、原告のそのような主張も正確に記載されている。
そうしてみると、原告の管理費の滞納は、原告自身正当な根拠ないし権利に基づくと考えあえて行っているものであるから、そのことを管理組合員に知ってもらって何ら不都合はないはずであり…、その問題が総会の議題とされれば、原告としては、まさに与えられたその場において自己の見解を訴え管理組合員の理解を得るよう努めればよいのである(それこそが原告の標榜する民主主義であろう。)。
にもかかわらず、それが総会の議題とされたことによって人格が傷つけられ社会的名誉が毀損されたとの主張は矛盾しており、採用の余地はなく、名誉毀損の事実を認めることはできない。
…原告の経費節約問題に関する主張の当否は別として、管理費の滞納自体は、管理組合として容易には受け入れ難い事態であることは明らかである(管理組合のため立て替えて支払った工事代金を差し引いたと主張する分については、工事の内容・性質からして、管理組合の責任で発生した損傷か所の修補工事か否か明らかでなく、管理組合が負担すべき工事代金とはにわかに判断し難いから、そのようなものを一方的に管理費から差し引くことは、管理組合として容易には認め難い。)。
したがって、管理組合の理事長である被告及び理事らが、総会において原告の主張をも披瀝してもらった上でこの問題に対する対処方法を組合員に諮るべく、総会の議案に取り上げ提案したことは、管理組合理事として正当な職務行為といえる。
よって、このことをもって原告の名誉を毀損する違法行為ということはできない。