区分所有法59条に基づく競売と民事執行法63条の剰余主義との関係

区分所有者が共同の利益に反する行為をした場合やその行為をするおそれがある場合、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもって、区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができることがあります(区分所有法59条1項)。

区分所有法59条に基づく競売は、「法律の規定による換価のための競売」に当たり、「担保権の実行としての競売」の例によるとされます(民事執行法195条)。

そして、担保権の実行としての競売においては、執行裁判所が無剰余であると判断した場合、無剰余であることを差押債権者に対して通知し(民事執行法188条・63条1項)、この通知を受けた差押債権者が通知を受けた日から1週間以内に一定の措置をとらなければ、その競売手続は取り消されることとなります(民事執行法188条・63条2項)。

無剰余となるのは以下の場合です(民事執行法63条1項1号・2号)。

  1. 差押債権者の債権に優先する債権(優先債権)がない場合において、不動産の買受可能価額が執行費用のうち共益費用であるもの(手続費用)の見込額を超えないとき
  2. 優先債権がある場合において、不動産の買受可能価額が手続費用及び優先債権の見込額の合計に満たないとき

民事執行法63条のように、無剰余となる場合に競売を実施できないとする考え方を剰余主義といいます。

この点、区分所有法59条に基づく競売においては、民事執行法63条(剰余主義)は適用されないと考えられます(東京高裁平成16年5月29日)。

したがって、区分所有法59条に基づく競売においては、手続費用や優先債権を弁済すると剰余がない場合でも、競売手続を行うことができることになります。

<東京高裁平成16年5月29日>

2 事案の概要

本件は、…一棟の建物の管理組合の理事長(…区分所有法…上の管理者)である抗告人が、…専有部分の建物(…本件建物…)に対する区分所有法59条1項に基づく競売請求を認容した確定判決…を債務名義とし、同判決の被告(本件建物の共有者2名全員)を相手方として、民事執行法195条に基づき、本件建物に対する競売を申し立て…競売開始決定を得たところ、原審が、本件建物の最低売却価額418万円で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権合計2788万円(見込額)を弁済して剰余を生ずる見込みがないとして、その旨を抗告人に通知した上で、…民事執行法63条2項により、本件建物に対する競売の手続を取り消す旨のいわゆる無剰余取消決定(原決定)をしたため、抗告人が、上記競売は区分所有法59条に基づくものであり、これに民事執行法63条の剰余主義の規定は適用されないと主張して、原決定の取消しを求めた事案である。

3 判断

⑴ 民事執行法63条の規定は、差押債権者に配当されるべき余剰がなく、差押債権者が競売によって配当を受けることができないにもかかわらず、無益な競売がされ、あるいは差押債権者の債権に優先する債権の債権者がその意に反した時期に、その投資の不十分な回収を強要されるというような不当な結果を避け、ひいては執行裁判所をして無意味な競売手続から解放させる趣旨のものと解される(最高裁判所昭和43年7月9日第三小法廷判決…参照)。

⑵ ところで、区分所有法59条1項による建物の区分所有権及び敷地利用権(以下、敷地利用権を含む意味で単に「区分所有権」という。)に対する競売請求は、区分所有者が同法6条1項の規定に違反して建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合等において、他の方法によっては当該行為による区分所有者の共同生活上の著しい障害を除去してその共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者において当該区分所有者の区分所有権を剥奪することができるものとし、そのための具体的な手段として認められたものである。
このような同法59条の規定の趣旨からすれば、同条に基づく競売は、当該区分所有者の区分所有権を売却することによって当該区分所有者から区分所有権を剥奪することを目的とし、競売の申立人に対する配当を全く予定していないものであるから、同条に基づく競売においては、そもそも、配当を受けるべき差押債権者が存在せず、競売の申立人に配当されるべき余剰を生ずるかどうかを問題とする余地はないものというべきである。
その一方で、同条が当該区分所有者から区分所有権を剥奪するための厳格な要件を定め、訴えをもって競売を請求すべきものとしていることからすれば、そのような厳格な要件を満たすものとして競売請求を認容した確定判決が存在する以上、同条に基づく競売においては、売却を実施して、当該区分所有者からの区分所有権の剥奪という目的を実現する必要性があるというべきであるから、不動産の最低売却価額で執行費用のうち共益費用であるもの(以下「手続費用」という。)及び担保権者等の優先債権(もっとも、競売の申立人との関係においては、上記のとおり、そもそも配当における優先関係が問題とならない。)を弁済して剰余を生ずる見込みがない場合(民事執行法63条1項)であっても、区分所有法59条に基づく競売をもって無益ないし無意味なものということはできない(もっとも、売却代金によって手続費用を賄うことすらできない場合には、その不足分は、少なくとも競売の手続上は、上記目的の実現を図ろうとする競売の申立人において負担すべきものである。)。
そうであるとすると、民事執行法63条の規定の趣旨を踏まえても、なお、上記のような区分所有法59条の規定の趣旨にかんがみると、同条に基づく競売については、民事執行法63条1項の剰余を生ずる見込みがない場合であっても、競売手続を実施することができ、その場合も、競売手続の円滑な実施及びその後の売却不動産(建物の区分所有権)をめぐる権利関係の簡明化ないし安定化、ひいては買受人の地位の安定化の観点から、同法59条1項(いわゆる消除主義)が適用され、当該建物の区分所有権の上に存する担保権が売却によって消滅するものと解するのが相当である。

もっとも、その場合は、一方で、優先債権を有する者、特に、担保権を有する債権者がその意に反した時期に、その投資の不十分な回収を強要されるという事態が生じ得る。
しかしながら、区分所有者は、区分所有法6条1項により、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない義務を負っているものであり、区分所有者がこの義務に違反した場合には、これに対する措置の一つとして、同法59条により、当該区分所有者の区分所有権に対する競売請求が認められているのであるから、区分所有者の権利である区分所有権は、そもそも、同条による競売請求を受ける可能性を内在した権利というべきであり、区分所有権を目的とする担保権は、このような内在的制約を受けた権利を目的とするものというべきである。
したがって、同条に基づく競売によって、当該担保権を有する債権者がその意に反した時期に、その投資の不十分な回収を強要される事態が生じたとしても、それは、上記のような区分所有権の内在的制約が現実化した結果にすぎず、当該債権者に不測の不利益を与えるものではなく、不当な結果ともいえないものというべきである。

これに対し、民事執行法63条1項の剰余を生ずる見込みがない場合には区分所有法59条に基づく競売を実施することができないとすると、同法6条1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活上の維持を図ることが困難であるとして、確定判決をもって、当該行為に係る区分所有者の区分所有権に対する競売請求が認められているにもかかわらず、そのような事態が放置される結果となり、そのような事態の解消は、専ら、当該区分所有者の意思か、あるいは担保権者が適当と認める時期での担保権の実行にゆだねられることとなるが、このようなことは、余りに区分所有者全体の利益を害するものであって、同法59条の規定の趣旨を没却するものであるといわざるを得ない(なお、同条に基づく競売に民事執行法63条が適用されるとすると、剰余を生ずる見込みがない場合には、同条2項に定める申出及び保証の提供により、競売の手続を続行することができるが、区分所有法59条に基づく競売の場合には、これは現実的ではなく、このことを考慮に入れても、なお、上記の判断を左右するものではない。)。

⑶ 以上の次第で、区分所有法59条に基づく競売においては、建物(区分所有権)の最低売却価額で手続費用を弁済することすらできないと認められる場合でない限り、売却を実施したとしても上記⑴の民事執行法63条の規定の趣旨(無益執行の禁止及び優先債権者の保護)に反するものではなく、むしろ売却を実施する必要性があるというべきであるから、同条は適用されない(換言すれば、手続費用との関係でのみ同条が適用される)ものと解するのが相当である(なお、最低売却価額で手続費用を弁済する見込みがない場合であっても、競売の申立人がその不足分を負担すれば、なお、競売は実施すべきものと解される。)。
なお、民事執行法195条は、民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による旨規定し、これによれば、区分所有法59条に基づく競売についても、民事執行法188条、63条がそのまま適用されるようにも読めるが、上記換価のための競売には種々のものがあるにもかかわらず、その一つ一つについて民事執行法が個別の規定を置かず、同法195条において担保権の実行としての競売の例による旨だけを規定していることからすれば、むしろ、上記換価のための競売については担保権の実行としての競売に関する個々の規定の適用関係について、その趣旨や性質に応じた合理的な解釈を許容しているものとみることができるから、区分所有法59条に基づく競売について、その趣旨等に照らし、上記のとおり手続費用との関係でのみ民事執行法63条が適用されるものと解することは、同法195条に反するものではないというべきである。

⑷ そこで、これを本件についてみると、本件建物の最低売却価額418万円で手続費用(見込額)を弁済することができないとは認められず、本件建物に対する競売に民事執行法63条は適用されないというべきであるから、それにもかかわらず同条2項により上記競売の手続を取り消した原決定は不当である。